2014年3月9日日曜日

カロリーベースの食糧自給率はナンセンス?


近年、カロリーベースで食糧自給率を計算することに批判が高まっている。金額ベースで見れば日本農業は世界第5位とも言われる。実際のところはどうなのか、考察してみた。

 

最近「食糧をカロリーベースで考えるなんてナンセンス。金額ベースで考えるなら日本は世界第5位の農業大国」という話をよく聞く。自由主義経済学の祖、アダム・スミスの「諸国民の富」を読むと興味深いことに気がつく。食糧の値段というのは、ちょっと変わった性質があるのだ。

 

「諸国民の富」では水を例にしている。水は不足すると、金持ちが金銀財宝を山と積んでも、コップ一杯の水が欲しくなる。そういう生命維持に欠かせないものだから、水は余分に確保しようとする。すると「在庫」がだぶつくわけだから、水はタダみたいな値段に下落する。水の価格形成は極端になるのだ。

 

コメや麦などのカロリーを稼げる基礎食糧も水と同じだ。不足は餓死者の発生を意味する。そのため余分な量を確保すると「在庫のだぶつき」となり、市場原理で価格が大幅に下落する。生命維持に欠かせない水や基礎食糧は、平和な時は非常に安くなり、不足すると暴騰するという極端な価格形成をする。

 

金額ベースでは日本は世界第5位の農業大国、に見える。しかし「鎖国」しているおかげだということに気付いている人はどのくらいいるだろうか。世界的に見て高い給料をもらっている日本人が高い価格でも野菜などを買うことで膨れ上がった数字。「鎖国」が終わればどうなるだろうか?

 

「鎖国」をやめて海外の農産物輸入が進めば、農産物の価格は世界平均に近づくだろう。すると農業生産額は10分の1に落ちるだろう。「世界第5位の農業大国」の化けの皮がはがれ、金額ベースで考えた場合の順位は大幅に降下するだろう。

 

つまり日本は「世界第5位の農業大国」というより、「世界第5位の高価格食品購買国」なのだ。安い農産物が流入すれば、高価格で販売できてきた食品は金額ベースで大幅に下落し、農業全体が売り上げる生産額も今の10分の1に小さくなるだろう。金額ベースの思考だけでは危険なのだ。

 

金額ベース思考の危うさはバブルの頃の土地の値段にも表れている。誰もが土地を欲しがったあの頃は、日本列島全体の土地の資産価格は2400兆円にものぼった。しかしバブルが崩壊し欲しがる人がいなくなると半分にまで下落した。金額ベースの姿は「虚像」なのだ。

 

金額ベースの食糧自給率を主張する人たちの中には、「食糧危機は起きない」という人がいる。食糧が不足すれば農作物の価格は上がり、そうすれば農家の生産意欲が促され、食料生産が伸びるので十分な量の食料が常に確保される、というのである。

 

しかしこの主張は、食糧危機が食糧の価格高騰で発生するという歴史的事実を無視している。江戸時代の大飢饉でも、もし完全に公平な分配が行われたなら餓死者は出ずに済む程度の備蓄はあったと言われる。しかし価格高騰をみてどこの藩も在庫を抱え込み、出さなかった。それで多数の餓死者が出たのだ。

 

食糧はほんの少しでも足りないとなると極端に高騰する性質がある。「このままだと、自分たちも来年には米が買えないほど高くなるのでは」と不安になると、在庫を放出しようとしなくなる。それによって食料はますます暴騰する。庶民には手のでない価格となり、餓死していくのである。

 

「食料品の価格が高くなれば生産者はたくさん生産しようとする」というが、農産物が育つには何ヶ月もの時間がかかる。金持ちは金にあかせて食料を購入することができる。しかし庶民は高い食料は買うに買えず、餓死してしまう。1ヶ月も食べなければ人間は死んでしまうのだ。

 

他方、生命維持に必要なカロリーはごまかしようがない。日本人を飢えさせないで済む食糧の量も明確だ。カロリーベースで思考することは、実態把握をする上で不可欠なことである。

 

しかし、単純なカロリーベース思考にも警鐘を鳴らしておかなければならない。「ものが売れる」ということは技術的に非常に難しいこと。農業関係者は商業者の苦労を軽くみる傾向がある。それが日本農業の低迷を招いたのもまた事実なのだ。

 

日本の農産物がよく売れるようにすること。食糧を量的に十分に確保すること。この二つを両立させなければならない。金額ベース思考もカロリーベース思考も、どちらかだけに偏ることは極めて危険である。両にらみで進めなければならないことを、どうかご理解いただきたい。

2014年2月21日金曜日

日本は何人養える?・・・「石油でできたコメ」と食糧危機

目 次
1.価格高騰する石油で米を作る危うさ
2.戦前でも不足だった国内の米生産量
3.食料輸入に使えぬ膨大なドル資産
4.食糧危機の対策考え、実行する時期に

価格高騰する石油で米作る危うさ
問1.日本だけでどれくらいの食料が生産できますか?
 答.石油が安価に手に入るなら、なんとか9,000万人分くらいは大丈夫かも知れません。1960年代は食料自給率が非常に高かった(カロリーベースで 79%=1960年=)時期ですが、その時代が、このくらいの人口でした。しかし、石油が高騰するなどで手に入りにくくなれば、3,000万人も難しいか も知れません。

問2.なぜ石油と食料が関係あるのですか?
 答.肥料や農薬を作るのに石油が必要です。農業機械などの動力もそうです。

問3.どのくらい石油が必要なのですか?
 答.化学肥料を使う現代農法では収穫物の2.6倍(1970年)ものエネルギーを投入しなければなりません([1]:参考文献。タイトル一覧は記事末尾 に)。1キロカロリーのお米を作るのに石油を2.6キロカロリー使うのですから、化学肥料・農薬・トラクターで育てたお米は石油でできている、といってよ いでしょう。
 農業全体では国内の収穫が519000億キロカロリー(2000年)になりますが、石油は1450000億キロカロリー(1998年)使用してい ます[2]。収穫の2.79倍も石油エネルギーを使うわけですから、「エネルギーベース食料自給率」を計算すれば、マイナス279%です。現代農業は、石 油漬けになっています。
 ちなみに、まだ化学肥料の使用が比較的少なく(約7.2kgN/10a、[8])、有機農法的な栽培が残っていた1955年には投入エネルギー(労働など)の1.11倍の収穫が得られていました[1]。

問4.では、有機農業にすれば食料問題は解決ですね?
 答.そう単純にいきません。有機農業に必要な有機肥料は国内でまかなえません。現在の日本には生ゴミがあふれかえっていますが、これは海外から大量に食 料を輸入しているからです。牛糞も、元は海外からの輸入飼料です。食料や飼料の輸入がなくなれば、有機肥料は国内から消えてなくなります。

問5.山や海も恵まれているのですから、国内だけで有機質肥料をまかなえるのでは?
 答.その前例として、江戸時代を考えてみましょう。江戸時代は鎖国だったのでほぼ完全な自給自足でした。人口は享保の頃(18世紀半ば)に約3,000 万人に達し、その後は明治維新まで100年以上も人口が増えませんでした[3]。江戸時代は5年に1度ほどの頻度で飢饉があり、山林の下草から糞尿、カマ ドの灰まで、肥料としてリサイクルを徹底していたのに、3,000万人以上養えなかった。有機質肥料は、日本の国土だけでは確保が難しいでしょう。

問6.江戸時代よりも技術が発達しているでしょうから、食料をもっと生産できるのでは?
 答.江戸時代より進歩した技術は、石油エネルギーが前提になっています。化学肥料も農薬も農業機械もそうです。石油がなければ使えない技術です。また、 バイオ燃料も代わりになりません。トウモロコシからバイオエタノールを作って得られるエネルギーは投入エネルギーの1.3倍です[11]。つまり、6ha 以上を燃料用に準備して初めて食料用に1ha耕せる勘定です(トラクターのエネルギー効率50%の場合)。食料以外の原料でバイオ燃料を作っても、事情は あまり変わりません。
 人力だけで耕す場合、人間1日分の労働は石油コップ一杯程度(0.086~0.26リットル)ですから[4]、たいして耕せません。

問7.しかし、江戸時代より耕地面積が広がっていますよね。
 答.確かに広がっています。江戸時代が約300万ha、2002年は476万haです[8]。しかし、いくら耕地が広くても肥料をまかなえなければ収量 は落ちます。江戸時代と比べて山林はスギなどの針葉樹ばかりで、肥料に適しません(スギ堆肥は植物に生理障害を示すことがある)から、国内でまかなう肥料 もその分少なくなり、江戸時代より厳しいかも知れません。
 また、石油がないと広い面積を耕せません。一人で耕せるのは江戸時代同様、0.14ha程度だとすると、今の農業就業人口は330万人ですから、 現在の耕地の一割、46.2万haしか耕せません。現在、農家の69%が60歳以上で高齢化が進んでいますから、耕せる面積はさらに狭いでしょう。
 機械動力を使わずに広い面積を耕すには牛馬が必要ですが、いまの日本に農耕用の牛馬はいませんし、扱い方も分かりません。農水省は現在、農業の大 規模化を図っています。この政策は石油が安い間は正しいし、推進すべき理由があるのですが、石油がなくなると耕せない耕地が大量に出るおそれがあります。

戦前でも不足だった国内の米生産量
問8.日本は海で囲まれています。魚を食べればよいのでは?
 答.日本は世界第2位の水産資源消費国であり、世界中から水産物を買い漁っています。それでも一人あたり1日に136.3キロカロリー、食料全体の4.9%でしかありません。海産物は重要な資源ですが、人口を養うには充分ではありません。
 また、山の幸も、スギばかりで食べられる植物がほとんどありません。川魚もずいぶん少ないようです。江戸時代より海、山、川の幸は期待できないと思われます[5]。

問9.1人を養うのに必要な耕地面積はどれくらいですか?
 答.今の食生活なら0.14ha必要です。明治末期の食生活(肉はほぼ皆無。魚をたまに食べ、麦などの雑穀入りご飯)なら0.06haです[6]。です から、日本の耕地面積(476万ha)は現在の食生活なら3,400万人分、明治末期の食生活なら7,870万人分しかありません。過去最大だった耕地面 積600万haで計算してもそれぞれ4,300万人分と1億人分です。現在の日本の人口は1億2700万人ですから、明治の食生活に戻っても2700万人 分足りません。

問10.食料輸入がストップしてもコメだけ食べていればどうにかなりませんか? 昔はそれができていたのですよね。
 答.実は、おコメだけのご飯を食べられるようになった歴史は案外浅いのです。大正の末くらいからで、それまではムギ、ヒエ、アワなどの雑穀が重要な食糧源でした。朝鮮半島から大量にコメを移送して、日本人ははじめておコメだけのご飯を口にすることができました。
 きっかけは、米騒動です。第一次大戦後、シベリア出兵の噂でコメが高騰すると、富山県魚津の主婦が米騒動(1918年)を起こしました。政府は女 性の反乱に大あわてし、急遽、朝鮮半島から大量のコメを移送し、事態を沈静化させました。このときから日本人は真っ白なご飯を食べられるようになったとい われています。ちなみに、朝鮮半島のコメの生産量の約半分(45.3%)が日本に移送され、朝鮮での消費は1人あたり0.7石(1915~1919年平 均)から0.44石(1930~1936年平均)に落ちました[8]。このように、戦前でも国内だけではコメが足りなかったのです。
 コメの生産が盛んだった1960年代でも、カロリーの食料自給率は79%(1960年)で、100%ではありませんでした。人口は現在より3割少 ないので(9000万人)、7000万人分の食糧を自給していたことになります。ですが、当時すでに化学肥料(8.8kgN/ 10a)や動力、農薬の使用も進んでいました[8]から、石油なしでは生産力はさらに低いでしょう。日本は結局、3,000万人以上の人口を食料や石油の 輸入なしに養えた歴史がありません。

問11.お米よりも、もっと生産性の高い作物を育てればよいのでは?
 答.農水省が1998年にそうしたシミュレートを行っています。水田はすべて作付けし、畑にはジャガイモやサツマイモなど高カロリーの作物を植え、肉を 控えて食料を無駄にしないよう、あらゆる最善の方策を採ったとして、8,000万人分の食料生産力しか国内にはないようです(国民一人あたり1,760キ ロカロリー、必要なカロリーの3分の2)。
 しかもこの数字は、石油の利用に支障がないという前提です。食料輸入が困難なら、当然、石油も同様と考えられますから、8,000万人からその分差し引かなければなりません。堀江武元京都大学教授は、日本の可養人口は4,800万人としています[9]。
※補足:
 1998年度農水省シミュレートは現在、インターネット上では閲覧できないが[13]に解説がある。2005年「食料・農業・農村基本計画」では、食料 や石油の輸入がストップしても1人1日あたり2,020キロカロリーを供給できるとしている。ただし、これには「平成27年」という小さな但し書きがあ り、「未来」なら、「化学肥料や農薬、動力もなしに面積あたり2割増収する画期的な技術が開発されている」ことになっている。「計画」なのでウソにはなら ない……?

問12.みんなで我慢して、少しずつ分かち合えばどうにかなるのでは?
 答.そうできると本当によいですね。しかし、難しいでしょうね。商品相場でも、わずかな不足で価格は倍以上に跳ね上がるものです。そうなれば、分かち合 う前に商品が買い占められ、どこかへ消えてなくなってしまいます。国が統制経済を行っても十分な効果を上げられないのは、戦争中や、1994年の米不足の 騒動を見ても分かります。
 また、江戸時代は人口の7~8割が農民で、みなで少しずつ耕していたようなものですが、それでも5年に1度の頻度で凶作が起き、姥捨て等の悲しい 出来事がありました。そんな時代ですから武士も含めて贅沢していた人は非常に少なかったと思われますが、それでも3,000万人以上に増えることがなかっ た。この国の持続可能な人口は、鎖国状態であれば3,000万人が目安になるでしょう。

問13.しかし、食料も石油も輸入がゼロ、という鎖国のような状態は考えにくいのでは?
 答.たとえば、価格が10倍になるというだけでも似たような状況が生まれます。こうなると、輸入は大変厳しくなります。

問14.食料や石油が10倍にも高騰するということが起こりうるのでしょうか?
 答.いま(2008年)の日本で、それに近いことが進行しています。オーストラリアは7年連続の干ばつに見舞われ、小麦の国際価格は史上最高値を更新 し、国内売渡価格も急激に上昇しています。石油も、2002年の1バレル20ドル台から2008年に100ドル台を突破しました。価格が10倍というの は、もはや大げさとはいえません。
 さらに最近はバイオ燃料のために、石油と食料が価格でリンクするようになりました。石油が高騰するとバイオ燃料の需要が高まって食料が燃料用に回り……と、物価上昇の連鎖が始まっています。日本は今後、食料や石油の値上がりに苦しむことになるでしょう。
 経済混乱が、さらに追い打ちをかけかねません。インドネシアの例では、1998年のアジア金融危機に通貨のルピアが一気に6分の1に下落しまし た。これは、輸入食料の価格が6倍に跳ね上がるということです(インドネシアは食料輸入国)。このため、インドネシアの都市部から食料が消えてしまい、深 刻な食料難となりました。国連の予測では、この食料難で2歳以下の子供の半数以上に、栄養失調による脳の成長障害が起きた危険性がある、としています。日 本でも同じことが起きないとも限りません。

問15.日本はインドネシアとは比べものにならない経済大国です。食料のような安価なものを心配しなくてもよいのでは?
 答.経済というのは虚像の部分が大きく、どれだけ縮むか分かりません。たとえば日本の土地資産は、90年の2,452兆円から06年に1,228兆円と 半減しました。価値がないと見なされるだけで経済規模は縮みます。それに、いまの日本の円は、金(きん)と交換できた昔の兌換紙幣と違って、日本に対する 信用だけで価値が保たれている不換紙幣です。経済破綻などで信用がなくなれば紙切れになり、1,500兆円近いといわれる金融資産も消えてしまいます。

食料輸入に使えぬ膨大なドル資産
問16.日本がそんな簡単に経済破綻するでしょうか?
 答.これまで破綻しなかったことが幸運ともいえます。08年度の国の予算案では、借金の返済(国債費)が20兆円、新しい借金は25兆円です。返すよりも借りる方が多く、赤字は雪だるまを転がすように膨らんでゆく状況です。
 国・地方の借金は総額1,000兆円に上ります(短期証券を含めて)。現在は金利が低い(公定歩合0.5%)ので、利払いも少なくて済みますが、 金利が正常化すれば利払いだけで40兆円を超えてしまいます。税収が53.5兆円ですから、大半を利払いに当てても借金は減りません。すでにこの国は破産 宣告待ちの状態です。
 それでも「円」に信用があるのは、日本企業が強いからです。ところが、主要なメーカーのほとんどが中国に拠点を築くなど、日本はすっかり空洞化し てしまい、この20年で国内企業は100万社減りました。まだ片足を残してくれている日本企業が完全に日本から撤退すれば、円の信用は失われ、暴落しま す。暴落すれば巨額の金融資産も失われます。

問17.日本は膨大なドル資産(外貨準備)をもっています。いざとなれば外貨で食料を買い付けできるのでは?
 答.ドルを持っている人と食料を必要とする人が一致すれば、ですが。国のドル資産(8,243億ドル)の85%はアメリカ国債(アメリカ財務省証券)の 購入に充てています。このため、もし一部でも現金化すればアメリカ国債が大暴落します。アメリカ財務省が許すはずもなく、封鎖も辞さないでしょう。外貨は 使うに使えない死に金、といえます。
 ドル資産を持っている企業や個人は、日本で経済混乱が起きれば海外へ避難してしまうでしょう。国内に残るのは、ドルも持たない、海外に移ることも できない、そして円が暴落して貯金も消えた大多数の国民です。そんな状態で食料を海外から購入することは容易なことではありません。
 さらに厄介なのは、基軸通貨としてのドルの地位が揺らいでいることです。世界中がドルを欲しがるのは、石油を買える通貨がドルだけだからです。い わばドルは「石油兌換紙幣」なのです。ところが二酸化炭素排出権取引市場が急成長しはじめ、この決済通貨であるユーロが強くなることで、ドルの魅力が薄れ てきました。
 これまでアメリカは「世界中がドルをほしがっている」ことを逆手にとって、借金で贅沢な生活を続けてきました。借金を返すつもりがなかったのです。しかし、ドルに魅力が失われれば、こんなわがままを続けられなくなります。すると、ドルは暴落してしまいます。

問18.日本が食糧危機になったら、海外が食糧援助してくれるのでは?
 答.期待したいです。ただ、日本が混乱すると世界が大混乱します。日本はまだまだ経済大国で、世界の8~9%(2007年)もの経済規模を誇っていま す。そんな国が混乱すれば世界中が大恐慌に陥るので、諸外国に日本を助ける余裕があるとは思えません。自分の国は自分で何とかする努力が必要でしょう。

問19.日本は高齢化社会で、人口が減少するのも早いと聞きます。少ない人口なら、完全自給できるのでは?
 答.人口減少は緩やかにしか進まず、2050年になっても、まだ約1億人と推計されています。人口が減少する前に経済混乱が起きれば、日本の食料事情は相当に厳しいことになるでしょう。経済混乱はいつ起きても不思議ではない状態ですから、予断を許しません。

問20.日本の企業全てが海外に逃げてしまうわけではないでしょう。食料を輸入するくらいの技術は残るのでは?
 答.確かに日本から多くの企業が逃げ出しても、まだまだ高い技術は残るでしょう。それでも食べていくことは容易なことではありません。中国が台頭してきたからです。
 中国やインドが工業力を獲得したことで、産業革命以来のことが起きています。先進国がこれまで豊かでいられたのは、工業力を独占できたので工業製 品を高値で売りつけることができたからです。しかし、いまや世界のほぼ半分の人口が工業力を獲得したので、工業製品は「誰にでも作れる」安っぽいものにな りました。
 このため、工業製品は陳腐化(コモディティー化)し、パソコンなどの最先端製品も値下がりしています。自動車さえインド企業が30万円台で販売しようとしています。工業製品が高値で売れる時代は、もはや終焉しつつあるといえます。
 他方、中国などの新興国は、大量に食料を消費し始めています。日本は海外での食料買い付けで負ける場面が増えました。工業製品は安く買いたたか れ、食料は高く売りつけられる。そんな時代に突入しています。5年前なら「コメ10kgとパソコン1台、どちらが高いか分からない時代が来る」、というの は冗談でしかありませんでしたが、いまは違います。
 日本は工業力を大きく削られる上、残った工業力で生産したものも安く買いたたかれ、食料は高く売りつけられます。国内で3,000万人分の食料を生産しても、残り9,700万人分の食料を輸入するだけの儲けを出すことは、容易なことではありません。

問21.地球温暖化は影響しますか?
 答.気になるのは、アメリカがここ数十年、極端な不作に陥っていないという幸運が続いていることです。あまりに幸運が長すぎて、かえって不安に思えま す。世界の食料輸出国の中でも本当の意味で輸出余力のあるのはアメリカ一国です。アメリカで凶作が起きれば、世界的な食料危機となります。
 小麦の輸出国であるはずのオーストラリアは、7年連続の干ばつで壊滅的な打撃を受けています。同じことがアメリカに起きれば、世界の食料事情は一変します。新興国の需要はどんどん増していますから、食料価格の高騰に拍車がかかるでしょう。
 ところで、北極や南極の氷は海流を動かすエンジンになっているといわれています。もし両極の氷がなくなり、海流が動かなくなれば、偏西風や季節風 なども吹かなくなるなど世界の気候が激変する恐れがあります。また、海流が動かないと海の生態系が破壊され、水産資源が大打撃を受けるでしょう。温暖化は 食糧問題に直結するといえます。

問22.食料危機には、どんなことが起きるのでしょう?
 答.まず、人は餓死する前に「餓鬼」になります。「餓鬼道」というように、人は飢えると、食べるために何でもやります。飢餓は、それほど苦しいもので す。水と塩だけで断食すると3日目には水が鉛のような味になり、空腹をごまかせなくなります。意識が冴えて苦しくて眠れず、体に力が入らず、強い飢餓感に ひたすらさいなまれます。
 飢餓が起きれば、治安は吹っ飛びます。家族が飢餓に苦しむのを見るのは耐えられないからです。飽食に馴れたいまの日本人では、ほんの少しの飢えの苦しみで「餓鬼」になりかねず、暴動を食い止めるのは難しいでしょう。
 恐ろしいのは「どこに行っても食べ物がない」という恐怖です。飢餓の苦しみにこの恐怖が重なると、正常でいられません。母親は子どものためなら、銃の脅しもききません。食糧危機の中で治安を維持することは非常に難しいでしょう。
 もし、暴動で火災が発生すれば、社会インフラが失われます。そうなれば危機はますます深くなります。心構えのない今の状態では、食糧危機が起きれば「餓鬼道」がこの世に現出してしまうでしょう。

問23.本当にそんなことになるのでしょうか?
 答.もし機会があれば、体調のよいときに水と塩だけで断食を経験してみて下さい(必ずサポートする人を準備して下さい)。水と塩だけで丸72時間過ごしてみれば、飢餓の苦しさが、おおよそ分かります。食糧危機の恐ろしさを捉えるには、飢餓を知ることが重要です。
 もし飢餓の苦しさが分かったら、できるだけ多くの人にその苦しさを伝えて下さい。しかしそれでもなお、暴動を起こしたり、人を傷つけたりしてはいけない、と伝えて下さい。

食糧危機への対策考え、実行する時期に
問24.食糧危機を回避するにはどうしたらよいですか?
 答.世界中に食糧がない場合、日本はどうにもなりません。そのときは覚悟するしかないでしょう。ただし、多少なりとも危機を和らげることは可能です。
 時間軸で考えてみましょう。短期的には、一時的に食糧危機が起きた場合、3年程度をしのげるような対策を整えておく必要があります。3年くらいの一時的な危機を克服できれば、状況が改善されるはずですから、それをしのぐ体制くらいは備えるべきでしょう。
 中期的には、人口が多すぎて食料生産力は小さすぎるギャップがありますから、輸入食料で埋めなければなりません。それには輸出産業の育成が必要で す。新しい産業を創造する活力が求められます。長期的には日本は人口が減少するので、そのときには完全自給を達成できるよう、いまから準備すべきでしょ う。
 空間軸で捉えれば、国レベルでは、海外との良好な関係づくりを進め、一時的な危機が起きても助けてもらえるようにすべきでしょう。地方のレベルで は、食糧自給できる県から体制を整え、できない県をどのように助けるか、今から対策を練るべきでしょう。町レベルでは、「町内備蓄」を真剣に検討してほし いと思います。
 コメの国内備蓄は1ヶ月分(100万トン)程度ですが、国の財政事情ではこれ以上期待できません。備蓄は市民自ら進める方が現実的でしょう。1年間をやり過ごせる備蓄があれば、食糧危機は何とかしのげます。町ごとに「倉」を用意することを真剣に検討して下さい。
 個人のレベルでは、農業技術の習得を始めた方がよいでしょう。食糧危機では、いくら金を積んでも食料は手に入りません。
 海外に逃れることができる人は、海外からの支援をお願いします。岐阜県はアルゼンチンの日本人農家と特約を結び、食糧危機の際に優先して食料を送ってもらえるように手配しています。危機の際にどれだけ有効かは不明ですが、こうした試みも価値があります。
 国対国のやりとりとは別の、個人対個人の信義に基づく取り組みの方がいざというときに頼りになるかも知れません。国の枠組みを超え、人と人とがつ ながり合い、1人1人の生活が安定するように図るのです。インターネットの登場は、こうした結びつきを助けてくれるでしょう。
 日本が迎える危機は、世界の中でもとりわけ深刻なものになるかもしれません。「自分さえよければそれでよい」という風潮が強まっていることも、気 になります。危機が起きれば、「円」は無力化しますが、「縁」は危機にこそ強みを発揮します。そうした社会を私たちが再構築できるかが、日本の将来を決め る試金石になるかも知れません。

参考文献
[1]岩田進午「土のはたらき」家の光協会
[2]Antony F.F. Boys (2000) Food and energy in Japan. Research Journal of Ibaraki Christian Junior College. Vol. 40, pp. 29-132.
[3]関山直太郎「近世日本の人口構造」吉川弘文館
[4]藤村靖之「愉しい非電化」洋泉社
[5]菊池勇夫「飢饉」集英社新書
[6]農林水産省「食料需給表」
[7]農林水産省「世界の食料事情と日本の食料自給率」平成19年4月
[8]暉峻衆三「日本農業100年のあゆみ」有斐閣
[9]堀江武・他著「作物学総論」朝倉書店
[10]国立社会保障・人口問題研究所 将来人口推計結果
[11]石井吉徳「高く乏しい石油時代が来る」理戦 81,10-29
[12]篠原信(2006)「日本は何人養える?一問一答」政策空間32号、33号
[13]藤岡幹恭、小泉貞彦「農業の雑学事典」日本実業出版社

あとがき
 最近のニュース番組では、農水省の「不測時の食料安全保障マニュアル」(パンフレット版:http://www.kanbou.maff.go.jp /www/anpo/pamphlet/pall.pdf)を元にして、「海外から食料が輸入できなくなったら」、コメやイモばかりの食事になるが、1日 2000キロカロリーは確保できる、と報道されています。
 ただし、「マニュアル」をよく読むと、その試算には「平成27年」(2015年)という文字があります。トラクターも動かず、農薬も化学肥料も使 えない状態なのに、現在より反収2割アップする技術が「平成27年」には開発されている、という「見込み」で書かれた数字です。はたして4年後にそんな画 期的な技術が開発されているのか、寡聞にして知りません。
 1998年の農水省シミュレートは、もっと正直でした。1人1日あたり1760キロカロリーしか供給できない、としていました。これでも甘い数字ではありますが、「腹が減って動けない」レベルの食糧供給力しかないことを、示していました。
 驚くべきことに、現在の「不測時マニュアル」と、この98年のシミュレートは同じデータを利用しています。1998年のシミュレートを農水省がホームページから削除してしまったのは、2003年に作成されたレポートがきっかけのようです。
 そのレポートは、現在「不都合な真実」(アル・ゴア著)の訳者、枝廣淳子さんのホームページ(下記)で公開されています。
http://www.es-inc.jp/lib/archives/051017_164712.html

2010年5月18日火曜日

ガサツな日本4(植民地支配)

最近、良く耳に入るのが、「植民地支配というのはインフラ整備なんかで、意外と恩恵を与えたものなのだよ」という議論である。 ダムの建設や都市整備など、現在の韓国や中国の発展につながるインフラを日本から資金を持ち込んで作ったのだから、むしろ感謝してもらってよいくらいだ、というのである。 おそらく、こうしたことを平気で言えるのは、プライドのない人だろう。 つまり、この人たちは、逆の立場であったら、涙を流して感謝の言葉を述べるといっているわけだから。 私にはとてもそんなことはできない。
私は自分をネタにして笑いを取る大阪出身だが、あいにくそこまで自分を貶めるほど、プライドを捨てることができない。 10万円やるから公衆の面前で靴をなめろ、と言われて、そのとおりにするほど私はプライドを折ることができない。 植民地支配をよいものだという人は、靴をなめることができるらしいし、その上で「10万円ありがとう!」と感謝の言葉まで述べることができるのだという。 とても私には真似ができない。 ある意味、見上げたど根性である。 植民地支配を逆に受けたとしても、独立を目指すどころか、支配してくれた国に感謝申し上げるというのだから。 とてもとても、私には真似ができない。
私には、他人から見ればつまらないかもしれないが、それなりの矜持(プライド)がある。 そして、己の尊厳を冒されるくらいなら戦おうという気持ちを持っている。 また、同じように気位を高く持っている人間を私は尊敬する。 自分の国が二等国扱いされて怒らないようでは、むしろダメだろう。 プライドがあるなら、怒って当然だ。
日中韓のみならず、アジア地域はプライドを大切にする国である。 面子、面目、矜持、誇り・・・ プライドを意味する言葉が数多くある。 だから、アジアではプライドを傷つけるようなことをもっとも戒める。 たとえ金銭的には恩恵であっても、それがプライドをつぶすようなやり方であれば、許されることではないという文化を築いていた。
・・・島田洋七著の、「がばいばあいちゃん」に出てくるエピソードがある。 島田少年は非常に貧しかったため、梅干一個のおかずなしの日の丸弁当を、運動会の日でも持っていった。 さすがに恥ずかしいし、おばあちゃんは仕事で運動会にこられないので、一人で教室に戻ってお弁当を食べようとした。 すると先生がやってきて、「おまえ、ここにいたのか。実は先生な、おなかをこわしてしまったんだ。おまえ、梅干の入った弁当を持ってきていたろ。すまんが、私の弁当と交換してもらえないか。」といって、自分のおかずがいっぱいの弁当を差し出した。 そんな豪華なお弁当を食べたことのない島田少年は、びっくりしながらそのお弁当をほおばった。
その翌年の運動会でも同じように日の丸弁当だったので一人でこっそり食べようと教室に入ると、また、新しく担任になった先生が来て、「先生、おなかをこわしてしまってな。おまえ、梅干の入った弁当を持ってきていたろ。私のと交換してくれないか」と頼んだという。 その後も毎年、違う担任になっても運動会の日になると必ずおなかをこわして、島田少年のお弁当と交換してもらいたがったという。
後年、そのことを思い出しておばあちゃんに語ると、滂沱と涙を流して、「人に何かをしてあげるときは、それとわからないようにしなければならないよ」と諭し、壁の向こうへ、手を合わせて頭を下げたという。
・・・島田少年は貧乏だった。おかずのまったくない梅干弁当とおかずが満載の豪華な弁当を比較すれば、もちろん後者の方がよいに決まっている。 しかしもし、上記の先生たちが「おまえは貧乏でこんな豪華なお弁当はなかなか食べられないだろう。どうだ、食ってみろ」という言い方をしていたらどうだったろう。 島田少年は怒り、毒づいてその場を立ち去ったろう。 プライドを傷つけられたことに血の涙を流しながら・・・。
島田氏が少年のときには、まだ日本にはそうした心遣いがあたりまえにできる人が多かった。 奥ゆかしい人たちが大勢いた。 なのに、「ダムを作ってやったんだ、インフラを残してやったんだ、感謝しろ」と平気で言う人が増えた。 なんとガサツな人々ばかりになったのであろう。 なんと醜悪な国になったのであろう。
植民地支配は恩恵である、という人がもし島田少年の担任であったなら、豪華な弁当を食べさせてやるといって島田少年に毒づかれたあと、こう思うのだろう。 「せっかく貧乏なあいつを哀れんで、豪華な弁当を食べさせてやろうとしたのに、感謝の言葉もいえないなんて、ろくでもないガキだ。」 自らの心の卑しさに気づきもしないで。
・・・仏教では、布施行は特に難しい行であるといわれる。 私たちは、執着心が強い。 物を人に上げるのが惜しいから、「上げるからには、感謝を代わりによこせ」という取引をしようという欲が出る。 もし感謝されなかった場合、「恵んでやったのに感謝をしなかった」と怒る。 執着心を離れ、相手のプライドを傷つけず、施しをするということは極めて難しいことなのである。 しかし日本人は、島田少年の先生たちのように、布施行をごく自然に行える人たちであふれていた。 心やさしい人たちがたくさんいたのだ。
昨今、ODA(政府開発援助)で途上国に恩を売って鉱山などの採掘権を牛耳り、国益を図ろうということを公文書で平気で書くようになったようだ。 なんとも意地汚い、ガサツな国になったことの証だと思えてならない。 なんとガサツな、なんとガサツな、なんとガサツな・・・!
・・・島田少年のみならず、見事な「布施行」にあずかった人は、いつか自分もそうした布施行を行おうと思うようになるものである。 そうして、奥ゆかしい人が増えていく。 札束で人の顔をたたくような人間が増えれば、ガサツな人間が増えていく。
いずれの道を日本は歩もうとするのか。 ガサツな国への道を歩もうというのか。 だとすれば、日本人の少なからぬ人間が、「雪の女王の鏡の欠片」が目に入ってしまったのだろう。 美しいものが醜く見え、奥ゆかしいものが惰弱に見え、深い自己省察を自虐的と難じ、心やさしいものをお人よしと罵倒し、 ガサツなものを勇ありと勘違いし、醜悪な利己心を忠誠心と思い違いし、他国を罵倒することを自国を守ることだと惑乱する。 愚かな、愚かな、愚かな!!
日本よ、己の姿を今一度鏡で見つめよ! 己の顔が、醜悪にゆがんでいくその様を直視せよ! そしてその奥底に封印されている、輝きを取り戻せ! 本当に大事にしなければならないのは何なのか、思い出せ!

ガサツな日本3(愛国心について)

愛国心を言い立てる人の中に、他国をやたら悪く言う人が少なくない。 まるで、愛国の情は他国の嫌悪とセットでなければならないと思っている節があり、特に中国や韓国のよいところを指摘すると、まるで愛国心がないかのように批判されるという憂き目に遭う。 「自分の国が一番」と訴えることこそ愛情の証と考えているのだろうか。 だとすれば、愚かな話である。
・・・愛情の深い、そして賢い母親は、我が子のことをこんな風に言う。 「世間から見れば何の変哲もない、むしろいろいろ至らないところのある子かもしれませんが、私にはかけがえのない、かわいくてたまらない子なのです。」 ほかの何ものにも代え難い、深い愛情を抱きながら、我が子を客観視する冷静さも併せ持つ。 賢い母親はそういうものだ。
ところが、愛情は深いが愚かな母親というのもいる。 我が子が一番、自分の教育方針は絶対正しいと思い込み、批判めいたことを一切許さず、噛み付いてばかり。 「ウチの子が悪いって言うんですか!よその子だってやってることじゃないですか!ウチの子はちっとも悪くないです!」 万引きをしたら、「万引きをすることになった、この子の気持ちを考えてやってください」とお店の人に言う(なんじゃそれは)。 いわゆる「モンスター親」にはこうしたタイプが多い。 そして、子どもをダメにする。
愛情は大きなエネルギーとなる。 愛することは悪いことではない。 けれども、愛情に溺れ、自分の愛するものを他者も一番に愛さなければならないと思い込み、批判すれば噛み付くというのは、愛情とは呼べない。 それは、愛情ではなく痴情である。
愛情は確かに、深浅がある。 近しく親しいものに深い愛情を覚え、そこから遠くなるほど愛情は薄くなる。 それでよいと思う。 私は、博愛の精神というのを胡散臭いと思う。 すべてを愛する博愛は、神ではない私たちには、実践が難しい。 その現実は認めなければならないと思う。
だが、自分の好きなものだけを愛し、その他のものには一瞥もくれないという心の狭さは、愚の骨頂である。 たとえ愛情は湧かなくても、他者をないがしろにすればいずれ自分の愛するものさえだめにしてしまうということを知る、賢さが必要だ。 周囲の子どもたちに「ウチの子をよろしくね」といって、配慮する賢さがあれば、周囲の子どもは我が子を大事にしてくれよう。 だがもし、愛情が湧かないからといって、よその子には冷たい態度をとる愚かな行動をとれば、愛する我が子がいじめられることにもなりかねない。 愛情ではなく、痴情であるというのはそのためだ。 自国を愛し、批判には噛み付くという愛国者は、そのその心の狭さのゆえに国を誤らせ、ダメにする。
愛国心を訴える人に申し上げておきたい。 もし本当に国を良くしたいのなら、愛国心だけではダメだ。 愛するものを良くするには、4つが必要である。 ひとつは愛情。自分の故郷とそこに住み人々に愛着があると、その人たちのために何かをやろう、というエネルギーになる。愛情は、エネルギーの源泉として確かに必要だ。 しかし、あと三つがなければならない。 二つ目に、知識である。いろいろな国の、いろいろな人々の生き方、文化を知り、それぞれの長所を認める客観的な知識である。明治維新のころ、政府要人のほとんどが海外に行き、新日本の将来を決めるための知識を貪欲に吸収した。尊皇攘夷を愛の証と考える偏狭さではなしえない英断であったといえよう。このとき持ち帰った知識があったればこそ、日本は西洋列強に飲み込まれずに済んだといえる。 三つ目に、知識を血肉にする、現場力である。たとえば、教育マニュアルどおりに子育てしようとして、うまくいかない若い親が結構多いのが目に付く。子どもは一人一人違うので、マニュアルどおりにいかないことばかりだ。マニュアルは概論でしかないので、一人一人に適したやり方は、目の前にいる子どもから学び取ることが必要だ。目の前に起きていることから学び取る、現場力によって知識と現実とのすりあわせをしなければ、知識は文字の知識で終わってしまう。 四つ目に、実行する勇気だ。いくら知識があっても、現実に何をしなければならないかが分かっていても、行動しなければ始まらない。実行力がなくては、何もなしえない。
愛情、知識、現場力、実行力。 その4つがそろわなければならない。
愛情をエネルギーにして、誤った考えをもたないよう、知識を吸収し、その知識が文字だけの知識に終わらないよう、現場とのすりあわせをする現場力を備え、その上で実行する。 これらの要素がすべて組み合わさってはじめて、物事はうまく進みだす。
・・・農業でたとえれば、愛情は水遣りのようなものだ。 愛が強すぎるあまり、外からの批判を受け付けないのは、植物を水浸しにして根腐れさせてしまうようなものだ。 程よい水量(愛情)を適切な時間に与える、知識が必要だ。 そして、天候を見ながら水遣りの量を変える、現場力が必要だ。 そして何より、実際に水遣りする実行力が必要だ。
もし自分を愛国者と任ずるのなら、せめてこの4つが必要であることを知らねばならない。 批判を受け付けないのは、愛情ではなく痴情であることを知らねばならない。

2008年12月15日月曜日

今後の問題点

◎紀伊@都立大です。
◎篠原@京都さんのメールを興味深く読ませていただきました。
◎たいへんすごい文章で、圧倒されてしまいました。
◎私は、カレル、ヴァン、ウォルフレン氏の話、土井健朗の
◎本など全く読んだことがなく、誰の論がどうこう、などと
◎いう話は全くできませんが、とにかく、最後に、おっしゃ
◎ってくれた、
◎★「しかし、一般受けすることを狙った過激さよりも、本
◎★当に大切なのは、現在のシステムの問題を把握し、
◎★ひとつひとつそれに解決の手をのばすことだと思います。」
◎は、大切なことだと私は、感じました。
◎何事も、口でいってもそれを一つ一つ実行していくのは、
◎たいへん、きついことです。それに実際に、思ったことを、
◎実行するのには、たいへんな困難が生じてきます。問題を把
◎握し、細分化し、一つ一つ解決策を見い出し、それを実行し
◎ていくことは、とても大切なことではないかと思います。
◎そして、その解決策の模索と実行のために、この会は存在す
◎るものではないかという気がします。
◎政治、経済、産業、など、さまざまな分野で問題が発生して
◎おります。そのすべてを一度に議論しようとせずに、自由に
◎ということも大切ですが、ある程度、論点を絞り込んで、議
◎論することも大切ではないかと思います。問題をわけて、焦
◎点を絞り議論することを、私は、提案します。
◎とりあえず、私が思いつく、日本の問題を上げたいと思います。
◎1高齢化
◎2行政改革
◎3通信料などの通信インフラに関する問題
◎4日本のマスメディアに関する問題
◎これ以上は、パット頭に浮かびませんでした。絶対、他にも
◎たくさんあるとは思いますが。
◎皆さんのお返事を待っております。
◎それではこれくらいで、サユナラ

◎紀伊@都立大でした。

 経歴について若干述べたことで、皆さんを驚かせてしまったようですね。そうなるのではないかと心配していたので、少し申し訳ない思いが致します。しかし、僕のような経歴は本当にあることなのです。テレビや漫画でしか見られないであろう人間が実際にいることをお知らせするのは、この会の結成の意味からいっても、大切なように思い、苦労自慢に堕さないか心配でしたが、いささか書き留めてみた次第です。

また、2、3日ほど皆さんのメールを読ませていただきましたが、どうも僕の意見はこのままだと浮いてしまうような気がしました。ふだんの生活の場ならいざ知らず、次の時代を自由に語ろうといって集まったこの場で、自ら韜晦したくはありません。思ったことを、バンバンぶつけさせて戴くつもりです。いくら一人で努力したところで、所詮は一人です。思考回路も、生い立ちに左右されていまいがちだと思います。それに、一人では何も動かすことは出来ませんが、沢山の人が動けば、大変なことがやれるというのは、神戸で強く実感したことです。だからこそ、"ムーブメント"の意味は、極めて重いと言えると思います。念のためにつけ加えますが、僕のなめねばならなかった苦労は、僕が進んで選んだものではなく、父の道連れでやむなく受けざるを得なかったもので、エラクもなんともないのです。もし引け目を感じた人がいたとしたら、それは意味がないのでやめて下さい。ただ、僕の意見が皆さんとやや角度を異にし、アクのきついものになる理由を察していただければ有り難いです。

大切なことは、これからの時代を、各自がどう生きていくか、ということだと思います。この会から、様々な生き様を選べるようであって欲しいと願います。時には、全く逆に見える生き方の人たちが併存してもよいと思います。ただ、自分を包み隠さず、自由に議論を展開できる場であり、各自が自分なりの答えを見つけることが出来、しかも力を合わせて何事かを成し遂げてゆける、そんな集まりであれば、これ程良いことはないと思います。

せっかくですので、ここでいくつか、僕から提言させていただきます。先ず、出来るだけ、ウォルフレン氏の著作を読んでいただきたいということです。今の日本が抱える問題を理解するには、この人の分析が最もよいと信じるからです。僕自身、この人の本を読んで初めて、なぜ僕の家族をここまで徹底的に追いつめなければならなかったのか、その動機が理解できました。この人の主著は「日本/権力構造の謎」が挙げられるのですが、それを読む前に「人間を幸福にしない日本というシステム」という本を読まれる方がよいでしょう。日本のシステムの問題を把握するにはこれで充分ですし、日本人への呼びかけとして書かれたということもあり、非常に読みやすく、理解もしやすいものです。京都に住んでいる方は、京大の生協書籍部「ルネ」で購入できます。かなりやかましくいったので、「ルネ」にはウォルフレンの主な著作が、上記の2つの他に、「日本の知識人へ」、「支配者を支配せよ」も陳列されています。

20日付の朝日新聞の一面に、橋本首相の言葉が載っていました。「六つの改革」の進め方について、行革本部長が「優先順位をつけたらどうか」と進言したのに対し、首相は「システムは相互に密接に関連している」として一体処理の方針をを示したそうです。この「システムは相互に密接に関連している」というスタンスこそ、ウォルフレン氏が繰り返し訴えていることで、今の主要政党の党首近辺で、この分析を土台にしていない人はいないと断定できるほどです。今の政治改革の方向がよくつかめないでいる人は、この本を読めばすぐに解るはずです。なお毎日放送の筑紫哲哉氏がウォルフレンと意見を交換することがたびたびあるので、注意してみて下さい。

さて、今後日本が迎えねばならない問題として、最悪の場合、次のようなものが挙げられると思います。

1.流通システムの崩壊
 来世紀には、世界的に食料が不足します。その時日本は、国民を養う主要産業を何も持っていない事態に至ることが、十分に考えられます。しかも、若年層が薄く、老人の多い活力のない国になっていると予測されます。また、日本の国土は農薬、化学肥料、減反などで既にかなりダメージを受けており、元々3000万人程度しか養えない国土が、さらに貧弱になっています。飢餓は黙視できない、最重要課題となるでしょう。これに対して、僕たちが出来ることはなんでしょうか。先ず、最悪の場合、自分の住む地域の人たちだけでも食糧を確保できるようにして下さい。そのためには、地域の人間のつながりを強化し、自治制を強めることです。出来れば、今のうちに日本の農村と協力体制を形成しておき、自分の町の人たちだけでも飢えないようにする工夫を始めて下さい。暴徒化する人を、なるべく少なくするためにも、大切なことです。農村に労働力(例えば退職してヒマを持て余している人たち)を提供し、地域独自の流通システムを構築して下さい。いったん混乱が起きれば、現在ある流通システムの崩壊する可能性は大です。もう一つは、出来るだけ小さい単位の地域で、アジアの農村とリンクして下さい。国内ではどうにもならなくなったとき、頼れるのは近隣国であるアジアだけです。遠い将来、難民として受け入れてもらえるくらいの親密さを持てればよいのですが。最後に、真面目に働くことです。研究者なら、独創性のあるものをめざして下さい。それが日本を支えることになります。それを妨げるものには、食ってかかるくらいの腹づもりをして下さい。

2.教育制度の改革
 皆さんが気付いているかどうかは知りませんが、今の十代の8割以上は、神経症に陥っているとみなければならない、非常事態です。暴徒予備群が、相当数増えています。(「盗む」という感覚さえ喪失した中高生が「普通の少年」であるということ、震災で最も活躍したのが普段ヤンキーと呼ばれて煙たがられている連中であり、大学生はほとんど逃げ出し、なんの役にも立たなかったことなどが根拠として挙げられます。すなわち、正常な人間と呼ばれている人間が実は異常であり、はみ出しものと呼ばれている人間は、実は精神的によほど健康であるという、逆転現象が起きているのです。震災で典型的だったのは、被災状況を目の前にしながら、「議論のための議論」に拘泥し、ヤンキー達は遊び半分で来ながら、目の前にした途端阿修羅のように人命救助に当たったことです。しかし、彼らを評価することは終ぞ行われませんでした。報道規制があったのだろうと、私たちの間で言っています。)私たちのやれることはなんでしょうか。むろん、政府に教育制度の抜本的な改革を進めてもらえるよう、応援をすることです。単なる応援をするだけでなく、ネット上でもかまいませんから、教育問題に携わる人に勉強会を開いてもらい、その中から提言していくことも試みましょう。(僕は個人的に、灰谷健次郎さん(「兎の目」「太陽の子」などの小説)に頑張って欲しいと思っています。)また、地域の青年団を、新たに作った方がよいでしょう。青年団と言うよりも、世代を越えて触れ合える、子どもの広場のようなものが、いつも開かれていて、そこに必ず保護者ないし年上の人間がいるというものを作っていただきたいです。今の子どもには極端に人間同士のふれあいが少ないので、これを増やすというのが基本的な路線です。

3.宗教の改革
 オウム真理教のような狂気の集団が、麻原の手法を学んで、各地で横行する時代が、食糧危機のために暴徒があふれてしまった場合、充分来る可能性があります。宗教は見逃せに出来ない影響力があり、今のような冠婚葬祭会社に過ぎなくなった宗教界は、何とか変わってもらう必要があります。先ず、地元の小さな寺社、教会には、もう一度人々が交流する場であり、今後の方針を考えていく場になるよう、住持なり神官なり神父なりに、これからの時代をよく説いて下さい。また、これはこの会全体の行動とすることを提議しますが、例えば京都にあまたある「観光株式会社」然とした寺社仏閣を管理する糞坊主に、宗教者としての自覚を取り戻すようメッセージを送り続けることです。宗教は宗教でしか制することが出来ません。今の金儲け主義に走っている風潮を内部から変革されるのを助けるためにも、出来るだけ多くの人々の連名でメッセージを送ることが、有効だと考えます。

4.高齢化社会
 国の援助は当てに出来ると思わないで下さい。首相は今、隠しています。正直なところでは、もはや老人福祉を支える力は、今後の日本に残されていないのです。地域のネットワークを強化し、老人介護を協力して軽減する努力を考えて下さい。

5.国・地方の経済破綻
 もはや、政府に頼ることは考えない方が無難です。あとで文句を言っても始まらないのです。経済破綻を回避するには、二つの方法があります。一つは、支出を減らすこと、すなわち緊縮財政です。もう一つは税収を伸ばすことですが、これには増税によるものと景気回復によるものがあります。増税に関しては、今の日本の各方面での負債状況を見渡すと、歯止めの利かないものになりそうです。また、景気回復に頼る方法は、既に過剰に生産される商品供給力が、世界の消化能力を超えていること、環境問題、食糧問題の観点から、これ以上の物質的商品の開発にはあまり展望が開けないこと、かといって、知的技術を売るソフト部門で活躍するのに必要な創造性は現行の教育制度のために枯れさせてしまっていること、そして何より、人々の意識下に「安易な景気対策でごまかしてはならない、今だからこそ見直さなければならないものが、日本人には突きつけられているのではないか」という疑問が根付いていることなどから、根本的な解決方法とはなり得ないと思われます。従って、基本的には緊縮財政を柱にせざるを得ないでしょう。福祉や雇用対策に手が回らなくなる可能性があり、自分の住む地域で自給できるような体制を、他の地域とのネットワークを利用して確立することが急務です。

6.金融恐慌
 こればかりはどうにもなりません。何とか出来たのはバブル時代が終焉したときに終わっており、今はただ結果を甘受するより仕方がないでしょう。以上、長々と述べたてましたが、どんな混乱があっても頼ることが出来るのは、最終は「人間」しかいないと言うことです。小さくてもしっかりしている自治体が、相互にネットワークを張ることが、最も確実で、強力な方法だと思います。(最後に、今回は指摘するにとどめますが、価値観を再構築する作業を始める必要があります。デカルトが現れて以来、彼が生み出した二つの原理のうちの一つ、「全ての既成概念を疑うか、ないしは否定せよ」が、徐々にその効力を世界に示し始めました。特に、思想輸入国であるアメリカと日本に、その作用が強く現れました。今の日本に芯になるような人間観が失われたのは、戦前教育排斥主義だけでは片付けられないものがあるように思います。デカルトの第二原理、「真理と思われるものから、思想を再構築せよ」を、世界的な観点から行わなければならないように思います。)

以上、誤字の確認もしていませんし、文章に混乱もあることでしょうが、取り急ぎお伝えいたします

推薦書

これからの時代を考えていくのには、知恵が必要だと思います。
また、現在の分析はどうしても欠かすことができません。現代を理解する上で役立つのではないかと思う本を列挙してみましたので、興味の湧いた方は読んでみて下さい。

1.「ベスト&ブライテスト」サイマル書房 デイヴィド・ハルバースタム 
 ベトナム戦争の泥沼に、なぜアメリカは飲み込まれてしまったのか。「最良の、そして最も聡明な」側近によって、何が導かれたのか。政治とは何かを考える上での好著。

2.「覇者の驕り」 デイヴィド・ハルバースタム 
 アメリカのフォード、日本の日産という自動車会社を取り上げ、その栄枯盛衰を描き出す。「驕ったとき、その墜落は始まる」というハルバースタムの基本的認識を明確に打ち出した著作。後半のフォードが辿った道と、その時の時代背景は、あまりに日本のバブルと酷似しているので、注目。

3.「菊と刀」 ルース・ベネティクト 
 第2時世界大戦中のアメリカにおいて、日本軍の理解に苦しむ行為は、日本人像を怪異なものにした。政府から依頼を受けた著者は、膨大な資料を渉猟し、その日本人像に迫った。多くの誤認があるものの、日本人がなぜ西洋人の考えるような行為を取らないのかが、解明されて行く。西洋が日本人をどう捉えてきたかを知る上で、必須の本。

4.「甘えの構造」 土居健郎
 「甘え」という、日本語特有の概念から、日本人の持つ不思議な行動様式をときほぐしてゆく。戦後の日本の心理学に、絶大な影響を与えた著作。

5.三笠書房、PHP文庫に多数 加藤諦三
 人間は、自分で自分を駄目にしてしまうことが多い。それがいかにくだらないことかを繰り返し説く。現代の若者が抱える苦悩に、懇切丁寧にヒントを与える。(初期の著作は、自分の父親に対する中傷が繰り返され、やや鼻につく難あり。)

6.「人間を幸福にしない日本というシステム」毎日新聞 カレル・ヴァン・ウォルフレン
 「日本・権力構造の謎」において、日本という不可思議な社会、人間を、権力というテーマを掘り下げることで明らかにしてゆこうとした著者が、日本人に向けて送り出したメッセージ。同じ人間である日本人が、なぜこれほどまでに特殊だと強調されるのか、また、事実特殊だとしか思えない行動は、なぜ現れるのか。「同じ人間である」という信念のもとに、この国をもっと生き甲斐の持って生きれる国にすることができると訴える。「菊と刀」を越える日本人論とさえ呼ばれる著書の、入門書として最適。(京大書籍部「ルネ」に、多数置いてもらっています。)

7.「菜根譚」PHP文庫、あるいは三笠書房、岩波文庫
 守屋洋など 明末の混乱期に、自らの処世訓を書き留めたもの。儒教、道教、仏教を修めた博識と、豊富な人生経験から生まれた知恵は、非常に観るべきものがある。

8.「阿片戦争」 陳舜新
 清末の退廃した国情の中、人々はどのように生きようとしたのか。混乱期にはどういう人物が求められるのか、そして混乱期を乗り越えられなかった国は、どのように苦しむことになるのかを、浮き彫りにする。

9.城山三郎 著作多数
 経済システム、政治の論理を理解するのに最もコンパクトな小説。浜口雄幸、井上準之助を採り上げた「男子の本懐」は、昭和初期の日本の、硬直化した政治システムと破綻した経済を立て直すのに、どのような格闘を強いられたのか、それが失敗したとき、国はどのような方向に向かいかねないのかを窺う、良書。

バブル経済

バブル経済とはなんだったのでしょうか?テレビ、新聞でも、いまだにこの文字が飛び交っています。現在の日本は、「バブルの後遺症」に苦しんでいるということも、日を措かず耳にします。その割には、バブル経済が具体的になんだったのか、何をもたらしたものだったのかは、あまり知られてはいないようです。あるいは、よく知ってはいても、自分自身もバブルに踊ってしまったクチのために、怒りを持つことができないでいる人もたくさんいます。私たちがもし、自分の問題として、このバブル経済にみられた諸現象を反省できなければ、次の時代を大変な混乱の中におとしめることになるように危惧します。次に、バブル経済に関して、私なりの理解を綴ります。+++++++++++++++++++++++++++++++バブル経済は、プラザ合意による急激な円高に対抗するためのものでした。日本は戦後、紡績、鉄鋼、造船、家電製品、自動車、半導体と、世界を席巻する産業を、次々に送り出してきました。日本は経済大国になっていましたが、それを自覚する雰囲気はまだ希薄でした。ところが、プラザ合意により、急激な円高が始まると、2つの重要な現象が生じました。ひとつは経済的な面です。急激な円高に対抗できるように、徹底的な合理化を推し進めることが急務となりました。二つ目が、精神的な側面です。大国意識が芽生えたのです。こんな円高を設定しなければならないほど、世界は日本の技術力を脅威に思っているのか、と。各企業が円高に耐えうる合理化(工場のオートメーション化など)を推し進めるのには、潤沢な資金を必要としました。そのため、大きく二つの手法が大蔵省の指導により取り入れられました。ひとつは、投融資の活性化と、不動産資産価値のつり上げです。投融資の活性化は、株式市場に活況をもたらしたばかりでなく、住専問題で明らかになっているように、地上げ屋への資金調達にも手を貸すことになりました。これにより、企業は株式からの潤沢な資金と、資産価値が大幅に上昇した土地を担保にした巨額の資金を得、合理化を推し進めました。その結果、雇用を維持したまま合理化をやってのけるという魔法を成し遂げました。高い技術力を維持しながら、低廉な外国製品に対抗する力を持てたのです。しかし、それは労働者の犠牲の上に成り立っていました。豊富な資金の流れは、当然労働者の賃金を押し上げることにもなりましたが、物価はそれを上回る勢いで上昇しました。故意に高い物価水準に固定することで売り上げに占める利潤を増やし、その大幅な利潤を海外輸出する製品の価格を引き下げるために充てました。「逆輸入した方が安い日本製品」という逆転現象は、国内の物価高に支えられていたわけです。これにより、海外の安い製品に対抗できたのです。つまり、あまりに明白な「ダンピング」行為でした。アメリカがスーパー301条という法律を適用してダンピングとして摘発したのも、無理はなかったのです。ところが政府は、マスコミと知識人を抱き込んで、「アメリカは嫉妬している」、「悪いのは怠け者のアメリカ人の方で、働き者がもうけるのは自明の理だ」と事実にそぐわない宣伝を行うことを選んだのです。しかし、当時大幅な合理化に成功していた日本製品の優秀さのために、結局アメリカ国内の需要を抑えることができず、アメリカ政府も撤回せざるを得なくなりました。これによって、日本人は傲慢になりました。「ブツブツ文句を言ったって、日本製品を買わなきゃ、世界は成り立たないんだ。」バブル経済は、企業の合理化と、政府の累積債務を軽減できた段階で(愚かなことに、このときに累積赤字を減らす努力を怠りました)やめるべきでした。ところが、この手品のような、無からお金を生み出す手法の妙味を覚えてしまった管理者(administrator)は、とどまることを知りませんでした。ここから日本人は、精神を崩壊させていくことになりました。不動産投資の激増にのっかって、魑魅魍魎が暗躍するようになりました。地上げ屋による殺人が多数起こったのはこのころです。株式投資の活性化は、「日本企業を円高不況から救済する手品」から、日本の企業の根幹を揺るがしかねないものへと変質していきました。イトマン乗っ取り事件などの世間を騒がした事件は、政府の思惑を逆手に取りうることを示した事件でした。「影」の存在である筈の暴力団の経営する会社が多数設立され、産業界に姿を現すようになりました。空前の財テクブームは、日本人に残っていた輝きの最後の一欠片を、微塵に打ち砕くものでした。マル優の廃止は結果として、豊富な資金が行き場を失い、ごく普通の人が、財テクに走るように使嗾するようなものでした。日本全体に行き渡った投資熱に当てられ、かなりの数に登る人々が「金儲け」に狂奔しました。巨大な資金が流通したために、未曾有の好景気が訪れました。人々は高収入と大国意識とで、すっかり有頂天になってしまいました。節倹が美徳であるという風潮は、この時点で完全に失われました。衣料に典型的に現れたように、値段の高いものでなければ売れないという現象が起きました(食品ではグルメ)。たとえ質の良い製品でも、値段が実状より高く設定されなければだれも買わないという「異常」が続きました。その状態が長期間続いたために、商売をする人々が、真面目に商売する意欲を失いました。客を騙さなければ儲からず、たとえくだらない製品でも値段をべらぼうに高く設定すれば、争うように売れてしまうといった状況だったからです。そこでは、「商道徳」という言葉が滑稽にしか響きませんでした。倫理という言葉は、当然空疎化しました。産業の合理化と、好景気とは、労働者に「ゆとり」を与えませんでした。それどころか、「合理化しなければ会社が潰れる」という強迫観念の副産物として、強力な主導権を労働者に対して握った企業(「合理化の対象」にするぞ、という脅しが多用された。)は、好景気を理由に引き続き会社のために身を粉にして働くことを要求しました。強壮ドリンク「リゲイン」の「24時間働けますか」というイメージソングは、その風潮を表すものでした。家族を持つ会社人間に単身赴任を命じるという理不尽さを、当たり前のこととして受け入れなければならないような空気が、会社の中に蔓延しました。滅私奉公を求める会社の組織としての非情さと、「私は何のために働くのだろうか?」という人間として当然現れてくる疑問とのギャップに、人々の精神は大きく平衡を失い始めました。単身赴任や過剰労働による家族のふれあいの喪失、転じて人間性の喪失が、全国的に起こりました。人々は、人生の意味を見失い、「死んだ魚の目」のような、澱んだ目をするようになりました。倫理の無意味化と人間同士のふれあいの消滅は、その時に幼年期、少年期を過ごした世代に、悲しむべき傷跡を残すことになりました。暴力団は未曾有の好景気の波にのって、組織を爆発的に拡大していきました。暴力団は「影」に君臨するだけでは満足しなくなり、次第に表舞台に現れるようになりました。暴力団関係の会社が次々と設立されました。のうのうと暴力団がのさばる世の風を、やはり子供は敏感に感じとっていました。倫理の無意味化は、倫理的な行為をポーズだとしてせせら笑う、歪んだ精神構造を生み出すことになりました。精神の均衡と、人生の意味を見失った人々は自ら、バブル経済の隙間に暗躍した魑魅魍魎たちの予備軍へと変身していきました。子供はそれを敏感に感じとり、人間の命を食い物にして欲望を達成しても、誰もそのことをいけないとはいわないのだという、ニヒリズムが心に巣くうようになりました。青年は人生の無意味さと生きていくことの安易さから、若者らしい潔癖さとバイタリティーを失い、どんどん享楽的になって行きました。あまりに生きていくことが容易なために、進学用以外の勉強をすることに何の意味も見いだせなくなっていました。社会を成立させる根本である精神的エネルギーを、とうとう喪失してしまいました。尾崎豊の歌が流行しました。昭和天皇が亡くなりました。新しく即位した現天皇は、その時の国内の現状に懸念を表明しました。日本銀行総裁に三重野氏が就任しました。ここから、高金利政策と銀行の資金流通量の制限による、バブル退治が始まったのです。バブルは、まもなく終焉することになりました。しかし、その時には既に日本人には、過去の輝かしい栄光を自らの手で勝ち取るのに必要不可欠なものが、失われてしまっていました。タイの人々が家族のように大事にしている水牛が、日本ではネコやイヌの餌になるという事実を、経済格差を理由に平気で見過ごせる精神構造に、日本人はなっていました。米不足の時には、大量のタイ米が捨てられ、タイの人々の恨みを買いました。日本で消費される食糧の40%が、残飯として捨てられるようになりました。(僕が小さい頃には、娯楽番組が食べ物を粗末にすることを本気で怒る人が大勢いました。)「天啓」と言えるような現象が立て続けに起きました。米不足を引き起こした、異常な長雨の年の次には、雨がほとんど降らない異常な酷暑の年となりました。戦後最長の不景気と、異常気象は、人々に不安を植え付けました。しかし、まだ人々には不安を否定するだけの余裕がありました。まだこのころには、「景気はいずれ良くなる」と本気で信じている人がいました。まるで反省を行わない日本人に見切りをつけたかのように、「日本株式会社」の小型版、「神戸株式会社」に、阪神大震災が起こりました。具眼の人は、この震災において、はからずも日本人がいかに崩れてしまっているかを読みとりました。真っ先に神戸に入り、救命活動を活発に行いながら、遅れてやってきた警察に追い出されたヤンキーたちと、頭でっかちに理屈ばかりをいい、逡巡しては何も行動を起こせなかった「真面目な」学生たちとの好対照。震災の規模を把握できず、10万人要請すべきを「職業ボランティア1000人」だけを募集した地方自治体の長の感性の欠如。行政の発表を愚かにもそのまま報道し、多くの人命をむざむざと消えていくに委せることになったマスコミの判断能力・批判能力の欠如。救援の手がさしのべられるのををただ口を空けて待つだけのように見える、気概の欠片も見えない人たち。・・・「あれは自然災害、だから仕方がなかった」といういいわけを日本人に許さぬ出来事が、程なくして起こりました。オウム真理教による「地下鉄サリン事件」。人々はもはや、この国が抱えている最大の問題は、政治でも経済でもなく、「人間」であることを認めなければならなくなりました。心理的に、日本(ひいては人間)の根本的な改革が行われない限り、人々は景気が良くなるような動きを差し控えるだろうことが、漠然とではあるもののはっきりしてきました。そして、ばく大な政府の累積債務が重要課題として浮上してきました。これまで国をリードしてきた官僚は自信を喪失し、自浄能力を失っていることがはっきりしました。日本は、この後遺症から立ち上がれるでしょうか?